両罰規定について

2021年6月4日

 我が国には、「両罰規定」という規定が存在する。
 例えば、次のような規定である。

 廃棄物の処理及び清掃に関する法律32条1項
 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。
  特定商取引に関する法律74条
1項
 法人の代表者若しくは管理人又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号で定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。
2項
 人格のない社団又は財団について前項の規定の適用がある場合には、その代表者又は管理人が、その訴訟行為につきその人格のない社団又は財団を代表するほか、法人を被告人又は被疑者とする場合の刑事訴訟に関する法律の規定を準用する。
  建設業法 53条
 法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人、その他の従業者が、その法人又は人の業務又は財産に関し、次の各号に掲げる規定の違反行為をしたときは、その行為者を罰するほか、その法人に対して当該各号に定める罰金刑を、その人に対して各本条の罰金刑を科する。

 刑法には、法人を処罰する規定が存在しない。したがって、法人が主体となって組織的に犯罪が行われた場合であっても、刑法が適用されるのは自然人に限られる。そこで、法人に対して何らかの刑罰を科すためには、上述したような両罰規定が必要となる。

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 両罰規定は、どの法律においても似たような文言によって規定されている。上述した3つの法律における文言もそれぞれ類似したものとなっている。
 両罰規定が適用される典型例は、法人が、当該法人の業務として犯罪行為を従業員に行わせた場合に、当該従業員だけでなく、法人に対しても罰金刑を科すというものである。
 両罰規定の適用にあたっては、法人の代表者と実行行為者である従業員との共謀を認定する必要はなく、両者の間の意思連絡は問題とならない。つまり、共犯の問題とはその性質を異にする。
 法人に刑罰を科す根拠について、最判昭和32年11月27日(刑集11巻12号3113頁)は、入場税法違反の事案に関する両罰規定の適用について、「同条は事業主…の『従業者』が入場税を逋脱しまたは通脱せんとした行為に対し、事業主として右行為者らの選任、監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽さなかった過失の存在を推定した規定と解すべく、したがつて事業主において右に関する注意を尽したことの証明がなされない限り、事業主もまた刑責を免れ得ないとする法意と解するを相当とする。」と判示した。
 つまり、法人に対して刑罰を科する根拠は、従業員等を監督すべき義務を怠ったことについての過失責任だと理解されている。上記最高裁は、自然人である事業主に対して両罰規定を適用した事案であったが、最判昭和40年3月62日(刑集19巻2号83頁)が、法人との関係においても、昭和32年判決の法意が妥当する旨を判示しており、このような理解が現在では定着している。

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 刑事法は、自然人や法人等に対して刑罰を科することを内容とするものである。すなわち、公共の福祉の名の下に国民の自由な活動を強制的に妨げるものである。
 罪刑法定主義が、刑罰を科す行為については明確な規定を必要とし、刑罰規定の類推適用を禁止しているのも、国民にとっての行動の予測可能性を奪い、国民の自由な活動を不当に委縮させることを防ぐ趣旨によるものといえる。
 したがって、類推適用とまで評価できない場合であっても、その規定の文言から読み込むことが困難であるような解釈は許されるべきではない。
 その意味では両罰規定も極めて解釈が困難な規定と言える。上述した昭和40年判決は、「過失推定についての明文を欠いているのであるから、右規定は、罪刑法定主義を定めた憲法31条に違反する」との弁護人の上告趣意を一蹴しているものの、現時点の両罰規定を見てみても、法人の過失責任についてすら一切触れられておらず、過失を推定することまで両罰規定から読み込むのは極めて不当な解釈のように思われる。
 法人の過失を問題としたいのであれば、そのような文言で規定すべきであるし、下記のようにそのような法律も存在する。

 労働基準法 第121条
 この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する。ただし、事業主…が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない。

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 以上のように、多くの法律における両罰規定については、罪刑法定主義との関係からも、現状を改善する必要性が高度に認められる。
 また、両罰規定の本質となる過失責任の部分についてすら難解な解釈によって導き出していることから、その他の要件についても極めて抽象的で、国民に行動の予測可能性を担保できるものとなっていない。
 その一例として、法人が選任・監督についての注意義務を課される客体の範囲が極めて不明確であることが挙げられる。すなわち、特定商取引に関する法律第74条は、「法人の代表者若しくは管理人又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者」が、同法に違反する行為をした場合に、当該法人にも刑罰を科する旨を定めている。

 代表者や従業員が違反行為に及んだ場合に、法人の選任・監督義務が問われること自体に違和感はないように思われる。しかしながら、「代理人」についてまでその客体の範囲を拡張していることで、法人の処罰範囲が極めて広範なものとなっているものと解される。
 処罰範囲が広範に感じられる事案として、次のような最高裁判例がある。

 最決平成9年10月7日(刑集51巻9号716頁)
      【事案】
 被告人は、主婦であって、実父から相続した土地を夫に依頼して売却した。そして、自己の所得税の確定申告についても夫に委託したところ、夫は、土地の売却に係る譲渡収入の一部を秘匿して被告人の所得税をほ脱する意図で、情を知らない税理士に委託したため、右譲渡収入の一部を除外した虚偽の内容の確定申告書が作成、提出され、所得税の一部を免れた。
      【判旨】
 本件の事実関係の下では、夫は所得税法244条1項にいう「代理人」に当たり、被告人は、事業主でなくても、「代理人」である夫に対し選任、監督等において違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失がないことの証明がされない限り、同人の行った本件所得税ほ脱の違反行為について同法244条1項、238条に基づく刑責を負うものと解されるから、被告人に右の刑責を認めた原判決の判断は、正当である。
 
 最決平成27年12月14日(刑集69巻8号832頁)
      【事案】
 被告人は、A社の代表取締役Bからの委任を受け、A社が営む本件事業に関し、A社の国に対する補助金交付申請に係る業務を代理していたものであるが、不正の手段により、本件補助金の交付を受けようと企て、虚偽の実績報告書を提出して補助金の交付を受けた。 弁護人は、両罰規定の「代理人」には、対向的に委任を受けた代理人は含まれないと解され、A社から独立した立場でその業務を行ったにすぎない被告人は「代理人」には当たらないと主張した。
      【判旨】
 補助金等適正化法32条1項は、「代理人」等の行為者がした違反行為について、事業主として行為者の選任、監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定した規定と解される。
 このように、行為者のした違反行為について過失が推定され、事業主が処罰されるのは、事業主と行為者との間に、事業主が行為者の違反行為を防止できるような統制監督関係があることが前提とされていると解されるから、事業主が行為者を現に統制監督しておらず、統制監督すべき関係にもない場合には、同条項により事業主の過失を推定して事業主を処罰するという前提を欠き、同条項が適用されないこととなる。
 A社は、本件事業に関し、環境省から本件補助金の交付決定を受けた補助事業者であり、本件事業の実施主体として、補助金等適正化法の前記目的に適うよう、事業遂行に関する善管注意義務、実績報告を含む各種報告義務その他補助金等適正化法に定められた規定を遵守すべき義務を本来的に負うべき立場にあった。
 被告人は、A社の代表取締役Bから、本件補助金の申請から交付に至る一連の手続におけるA社の業務である各種書類の作成・提出、環境省との折衝等を一括して委任されており、実績報告書の作成・提出もこれに含まれていた。
 被告人は、前記委任を受けて、各種書類をA社名義で作成、提出し、A社の担当者として環境省担当者との折衝・連絡を行うとともに、これらの事務の遂行状況をBに報告し、提出書類には原則としてBの押印を受けていた。 Bは、前記のとおり、被告人から事務の遂行状況の報告を受け、提出書類に押印することにより、本件補助金に関する手続の進捗状況を把握しており、かつ、本件事業に係るバイオガス製造設備のうち一部の設置が完了していないことも認識していた。
 以上の事実関係によれば、被告人は、本件補助金の交付を受けるための業務に関し、事業主であるA社の統制監督を現に受け、又は受けるべき関係の下でA社の業務を代理したといえる。したがって、被告人が補助金等適正化法32条1項にいう「代理人」に当たるとした第1審判決を是認した原判断は相当である。

 平成27年決定が判示するとおり、「事業主が行為者の違反行為を防止できるような統制監督関係があること」が両罰規定を適用する前提とされるべきであることは、法人が負担する注意義務を合理的な範囲の内容に収めるために必要なものといえる。
 したがって、法人が自らの利益を得るために雇用した従業員によって、法人の業務との関係で違法な行為に及んだ場合には、統制・監督関係が認められることから、法人に対して過失責任を認めることは合理的であるものと言える。
 一方で、代理人の場合、当該代理人の行為は、法人から委任を受けた事項に関するものであっても、代理人自身が報酬を得る目的で行われているものである。更に、法人としては、当該代理人の専門性を理由に、特定の手続等について委任している訳であって、専門家を統制・監督することは極めて困難であるものと言える。
 平成27年決定は、「対向的に委任を受けた代理人」は両罰規定上の「代理人」にあたらないとする弁護人の主張を一蹴しているものの、弁護人の主張は極めて真っ当なものと解される。
 対向的に委任を受けた代理人は、法人が統制・監督可能な関係にある訳ではない。このようなケースにおいても法人に刑罰を科すのであれば、それは法人の過失責任ではなく、共犯の問題として扱うべきように思われる。
 特に、平成9年決定との関係においては、妻に監督義務を課すのは極めて酷であるように感じられる。追徴課税等の行政処分であればともかく、実行行為者との共謀が認められないにもかかわらず刑罰を科すことが相当であるとは思われない。

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 両罰規定の適用範囲の問題については、上述した最高裁の判断を支持する見解も少なくないように思われ、価値判断によって異なり得る。しかし、私がより問題だと感じているのは、両罰規定が極めて抽象的な内容で定められており、その法的な根拠や適用範囲が不明確なものとなりすぎている点にある。
 社会はますます複雑化していき、法人や自然人との関係性についても、今まで以上に複雑なものとなっていくことが予想される。そのような中で、関係者の一部が違法行為に及んだことを理由に、不明確な内容しか定められていない両罰規定を理由に法人に対して刑罰を科すことを許容していたのでは、国民の経済活動の委縮に繋がり得る。
 両罰規定は、平成27年決定が判示した「事業主が行為者の違反行為を防止できるような統制監督関係」という考慮要素をベースに、各法律の目的に照らして、当該統制監督関係を認めるべき客体や、法人に科される注意義務の内容が明確になるように定める必要があるものといえる。
 複雑化している現代社会において、自然人だけでなく法人に対して刑罰を科す必要性が高まっているからこそ、適正な科刑が可能となるような法改正が望まれる。