コロナウイルスに感染させる行為に関する犯罪について

2021年12月3日

 

長く続いた緊急事態宣言が本年9月末で解除されました。現時点においては感染者数も順調に減少傾向にあり、徐々に飲み会等に参加することも増えてきました。このままコロナ禍が沈静化することを心から祈っております。

コロナ禍における出来事を振り返るには早すぎるのかもしれませんが、一度、コロナ禍において刑事分野において問題となった内容を振り返ってみたいと思います。

コロナ禍においては、コロナウイルスの蔓延を予防する目的で、東京拘置所における一般面会が制限されたり、被告人質問や証人尋問の際にマスクの着用を強制されたりする等、刑事手続上の問題が多く発生しました。

これらの手続上の諸問題は、広く報道されたこともありましたし、今後起こり得るパンデミック状況下における刑事司法の問題として、忘れることなく議論を続ける必要があるように思います。
 実際に、法務省内における「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」においては、パンデミック状況下における手続を想定した議論も一部なされているようです。

本会においても、当該検討会の議論状況は見守っておりますし、今後の検討課題として議論していきたいと思っております。

手続上の問題点については、かなりの紙幅を割かなければ、内容を検討することが困難ですから、今日は、このような手続上の問題ではなく、実体法上の問題について振り返ってみたいと思います。

特に、コロナ禍においては、コロナウイルスに罹患していることを自称して何らかの行為に及んだり、コロナウイルスに罹患していることを隠して何らかの行為に及んだりした場合に、何らかの犯罪が成立するのかについて、インターネット上等において様々な議論や報道が為されていました。特に、コロナウイルスを他人に伝染させるという、最も直接的な行為について、何らかの犯罪を成立させ得るのかという点について考えてみたいと思います。

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自身が罹患しているウイルスを他人に伝染させる行為に対して、傷害罪を適用することが可能であることは、過去の裁判例においても明らかとされてきましたし、理論上もそのことについて大きな異論はありません。

例えば、最判昭和27年6月6日(刑集6巻6号795頁)は、性行為によって性病に感染させる行為について「暴行によらずに病毒を他人に感染させる場合にも成立する」と判示して傷害罪の成立を認めていますし、最決昭和57年5月25日(裁判集刑事227号337頁)も、赤痢菌やチフス菌を食品に添加して喫食させた行為等について、傷害罪の成立を認めています。

これらの事件は、暴行によらない傷害罪の例として私が学生時代に学んだこともある著名な事件です。

一方で、私が弁護士として仕事を始めてから、暴行によらない態様で他人に傷害を与えてしまった事案について御相談をいただいたことはありません。

ですから、ウイルスを他人に伝染させて罹患させる行為については、傷害罪が成立し得ることについては異論がないものの、実際にそのような事案に接したことはなく、机上の空論なのではないかという感想を抱いておりました。

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 しかしながら、コロナウイルスの蔓延が社会問題となった後、コロナウイルスに罹患していることを自称する者による犯罪行為に関する報道が多数なされるようになりました。

 また、弁護士事務所のHP等において、コロナウイルスを意図的に伝染させた場合に、傷害罪が成立し得ることについて解説する記事も散見されるようになりました。

 これまで机上の空論だと感じていたことが、俄然、現実の問題として現れるようになったのです。

 しかしながら、コロナウイルスに罹患させたことを理由に傷害罪に問われたケースは、私が探した限りでは見当たりません。

 それは、被疑者がコロナウイルスに感染していた事実と、被害者が被疑者に接触した後にコロナウイルスに感染した事実が明らかとなったとしても、被害者が他の感染経路でコロナウイルスに感染した可能性を排除できないからだと考えられます。

 上述した2つの最高裁判例の事案は、いずれも、被告人の行為によって罹患したことについて証明可能な事案でした。コロナ禍のようなパンデミック状態においては、他の感染経路によって感染した可能性を否定することは困難であり、今後も同種事案に対して傷害罪を適用することは難しいのだと思います。

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 では、コロナウイルスに感染させる行為について、一体どのような罪を適用すればいいのでしょうか。コロナ禍において問題となった事案を確認する中で、コロナウイルスに関連して発生した事件について鳥取県のHPがまとめているのを発見しました(https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1230295/keijijikennnado.pdf)。

 この図によると、これまで発生した事件との関係で適用され得る罪責として、名誉棄損罪、侮辱罪、脅迫罪、強要罪等が挙げられています。

 しかし、これらの罪は、被疑者や被告人が実際にコロナウイルスに感染しているかどうかに関わらず成立するものです。例えば、名誉棄損や侮辱等の罪については、他人がコロナウイルスに感染しているかのような表現を行うことで成立することになりますし、脅迫や強要についても、コロナウイルスに感染していることを自称した上で、当該行為に及べば、実際にコロナウイルスに感染している必要はありません。

 ですから、コロナウイルスを感染させる行為についての罪責とは言い難いところがあります。

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 鳥取県のHPで紹介されている事件の中に、新型コロナウイルスに感染した患者が入院先の病院を無断で抜け出し、感染していることを隠して温泉施設を利用したという事案において、偽計業務妨害罪と建造物侵入罪が適用されたというものがありました。

 偽計業務妨害罪と建造物侵入罪の適用になりますので、実際にコロナウイルスに感染させられた人を被害者とするものではなく、コロナウイルスを他人に感染させる行為に対する刑罰とは厳密には言えません。

しかしながら、既に説明したとおり、被害者にコロナウイルスを感染させたことに対する直接的な刑罰としての傷害罪の適用が困難であることを踏まえると、他人にコロナウイルスを伝染させてしまう危険性を高める行為に対する刑罰という意味では、上述したようなケースが、他人にコロナウイルスを感染させる行為に対する刑罰に最も近いものということができるように思います。 

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 しかし、自分がコロナウイルスに感染していることを隠して温泉施設等を利用する行為は、温泉施設の関係者を騙して施設を利用している訳ですから、詐欺罪が成立するのではないでしょうか。

 この点について、この事件の捜査状況について解説した記事(永澤舞花「病院から無断離脱した新型コロナウイルス患者が温泉施設を利用した行為について、適用罪名が問題となった事案」捜査研究851号52頁)では、発熱の症状等がある方に利用を控えるように張り紙を受付に設けていたものの、被疑者には当該症状もなく、コロナウイルスに罹患しているかどうかを被疑者に直接確認していたという事情も認められなかったことなどから、詐欺罪を適用することはできなかった旨が解説されていました。

 偽計業務妨害罪の場合、詐欺罪と異なり、被害者を騙すような行為までは求められておらず、被害者の不知に乗じるような行為があれば、「偽計」と評価できることから、本件においては偽計業務妨害罪として扱ったとのことでした。

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 個人的に、このケースにおいて偽計業務妨害罪を成立させることは可能だと考えています。とはいえ、温泉施設の業務が妨害されているのは、コロナウイルスに罹患している者が施設を利用したことの起因するというよりは、そのことが露見して大々的に報道されたことに起因するように思いますので、コロナウイルスに罹患していた患者が自身の病状を隠して行った行為に対する刑罰として直接的なものではないと思います。

 温泉施設を利用したという事案であったからこそ、偽計業務妨害罪の成立を認める結論に大きな違和感はありませんが、例えばコンビニエンスストアであればどうでしょうか、法律事務所であればどうでしょうか。同様に偽計業務妨害罪の成立を認めることになるように思うのですが、どこまでその範囲を広げるべきなのかの判断は微妙になってくるように思います。

 新型インフルエンザ等対策特別措置法には、コロナウイルスに罹患した者による行動に対して直接刑罰を設ける規定は存在していませんし、私自身も、コロナウイルスに罹患した患者の外出等に対して直接刑罰を定めるべきだと考えている訳ではありません。

 しかし、黙って外出した上で、何らかの施設に出入りした際に、偽計業務妨害罪や建造物侵入罪が成立する可能性があるのだとすれば、罹患者の外出に対して刑罰を科すのとは違った意味で、不必要な行動の委縮を生ぜしめるように思います。

 現時点においても、オミクロン株が国内でも確認される等のニュースが報道されるなど、完全に鎮静化したとは言えませんし、2003年にSARSが流行したように、今後も別の病原菌が流行する可能性は否定できません。
 このような状況下において国民に求められる行動の内、少なくとも刑罰が科され得る範囲については、明確なものとできるような法整備が必要なのではないでしょうか。