感染症法改正案における刑罰規定の問題性

1 新型コロナウイルスの対策関連改正案の概要

 現在開会中の通常国会において,新型コロナウイルス感染症対策の特別措置法等の改正案が審議されている。この改正案においては,休業命令等に応じない事業者に対する過料や入院勧告等を拒否する者に対する刑事罰の導入が話題となっている。この改正法案の主なポイントは以下のとおりである[1]

※改正案の概要

①「まん延防止等重点措置」の新設(新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下,「措置法」という。)第31条の4から6関係)

⇒特定の地域において,国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがあるまん延を防止するため「まん延防止等重点措置」を創設し,営業時間の変更等の要請,正当な理由なく要請に応じない場合には命令が可能となる。要請又は命令をしたときはその旨を公表することができる。

②緊急事態措置の見直し(同法第45条関係)

⇒緊急事態宣言中の施設の使用制限等の要請(同法第45条2項)に正当な理由なく応じない場合は,まん延を防止するため特に必要があると認めるときに限り,命令することができる[2]

③まん延防止等重点措置命令等の違反に対する過料の導入(同法第72条,79条から81条まで関係)

⇒①の命令に違反した場合には30万円以下,②の命令に違反した場合には50万円以下の過料を規定する。

④入院勧告・措置の見直しと罰則の追加(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下,「感染症法」という。)第26条2項,第37条3項,第72条1号等関係)

⇒新型コロナウイルス等感染症のうち,入院勧告・措置の対象を(ア)症状が重い者,重篤化するおそれがある者等,(イ)宿泊療養等の協力の求めに応じない者に限定し[3],入院措置に応じない場合又は入院先から逃げた場合に1年以下の懲役または100万円以下の罰金を規定する。

⑤積極的疫学調査等の実効性の確保(同法第77条3号,第44条の3第3項,第15条4項関係等

⇒積極的疫学調査について,新型インフルエンザ等感染症の患者等[4]が,質問に対して正当な理由がなく答弁せず,若しくは虚偽の答弁をし,又は正当な理由がなく調査を拒み,妨げ若しくは忌避した場合に50万円以下の罰金を規定する。

このうち,①ないし③については,行政法上の観点から問題点が挙げられる(行政機関による緊急事態宣言前の恣意的運用のおそれや補償の要否等)のに対し,④及び⑤については,懲役刑や罰金という刑罰が科されることから,刑事法の観点から以下の点が問題となる。

2 感染症法改正案の刑罰を設けることの問題点

(1)刑罰を設けることが公衆衛生にとってかえって逆効果につながること

 一般社団法人日本公衆衛生学会及び同法人日本疫学会の「感染症法改正議論に関する声明」によれば,刑事罰・罰則が科されることを恐れるあまり,検査結果を隠す,ないし検査を受けなくなれば,感染状況が把握しにくくなり,かえって感染コントロールが困難になることが想定されるとともに,罰則を伴う強制は国民に恐怖や不安・差別を惹起することにもつながり,感染症対策を始めとするすべての公衆衛生施策において不可欠な,国民の主体的で積極的な参加と協力を得ることを著しく妨げる恐れが指摘されている。

 このような声明における感染患者の行動は合理的に想定し得るものであるし,入院勧告を拒否した者に対して刑罰権の行使を行使したところで感染拡大が防止されるわけではない。むしろ,新型コロナウイルスが無症状感染者を中心に感染が拡大していることに鑑みれば,刑罰権の行使によるのではなく,国民による検査に対する自発的な協力によって感染者を絞り込み,効果的な公衆衛生施策を実施する方が感染者の減少につながると考えられる。

 そうだとすると,これらの刑罰規定を設けることは,感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関し必要な措置を定めることにより,感染症の発生を予防し,及びそのまん延の防止を図り,もって公衆衛生の向上及び増進を図ることを目的とする感染症法第1条の目的に反する事態が生じる点において,立法目的との間の合理的関連性を欠くのではないかと考えられる。

(2)構成要件の明確性の問題点

刑罰規定については,罪刑法定主義の派生原則である明確性の原則から,その適用される行為類型(構成要件)が明確でなければならない。この点,日本弁護士連合会の「感染症法・特措法の改正法案に反対する会長声明」によれば,新型コロナウイルス感染症は,その実態が十分に解明されているとは言い難く,医学的知見・流行状況の変化によって入院措置や調査の範囲・内容は変化するし,各保健所や医療提供体制には地域差も存在するため,改正案の罰則の対象者の範囲は不明確かつ流動的であり,不公正・不公平な刑罰の適用のおそれが大きいとの指摘がある。例えば,A県においては医療機関における入院状況がひっ迫していないために入院措置に該当する者が,B県においては医療機関における入院状況がひっ迫しているために入院措置に該当しないという判断もあり得るため,医療提供体制のひっ迫状況という外部的な要因により刑罰権の対象の前提となる入院措置に当たるかどうかが決定されるという不公平な結果が生じることとなる。

そのため,そもそも入院措置に対する罰則規定は行為規範としての明確性を有しているとは考えがたいと言わざるを得ない。

(3)緊急事態宣言下と平常時との区別の必要性

上記の通り,措置法改正案においては,まん延防止等重点措置違反に対する過料については,緊急事態宣言下か否かにより過料の金額が区別されている。これは,緊急事態宣言下においては,新型コロナウイルスの感染拡大防止措置を取る緊急性および必要性が高度に認められることを理由として,緊急事態宣言下か否かによって過料金額の区別を設けているものと解される。

これに対して,感染症法における入院措置に対する刑罰規定については,緊急事態宣言下か否かを問わずに一律に刑罰権行使の対象としている。この点,刑罰は強制を伴うことから,法益を保護する上での最終手段でなければならないという刑法の補充性原則の観点から検討すると,緊急事態宣言下にない平常時においては,感染拡大を防止する必要性は認められるものの,入院を拒否した者が感染を拡大させたことが明白であるとする立法事実は示されておらず,刑罰権をもって入院措置等を強制する緊急の必要性があるといえるかは疑念の余地がある。

なお,他者に感染させる故意をもって入院措置を拒否し,または,入院先から逃げることによって実際に他者に感染を拡大させるという悪質な事案については,刑法犯である暴行罪や傷害罪等により対処が可能であるため,このような悪質事案に対する対処の必要性をもって改正案による罰則規定の必要性が正当化されることとはならない。

(4)小括

以上のように,感染症法改正案における刑罰規定の新設については,公衆衛生施策上望ましくない事態を招くおそれがないばかりでなく,刑法上の明確性原則・補充性原則から疑念の余地が大きいことから,今一度,刑罰規定の新設自体を含めて抜本的な見直しをする必要性があると考えられる。

以 上

2021/1/29 追記

 1/28付の各種報道によると,感染症法改正案の刑事罰規定は削除され,入院拒否事案に対しては50万円以下の過料を,調査拒否に対しては30万円以下の過料を科すとする法案に修正されることに合意されることとなった。刑事罰が削除されたという点については,上記の各問題点から修正内容は評価されるところであるが, 上記の問題点(3)記載のとおり,平時においても過料を科すことの必要性については再度検討を要するものと考えられる。今後の改正法案についての審議も引き続き注目したい。

以 上


[1] 立憲民主党サイト(https://cdp-japan.jp/news/20210122_0562)及び同サイト掲載資料参照。

[2] 現行法第45条3項の「指示」を「命令」に改正する。

[3] 新型コロナウイルス感染症については,現行も政省令により同様の対象者としている。

[4] 「患者等」の範囲については,新型インフルエンザ等感染症の患者,類似症状者であって当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由があるもの,無症状病原体保有者を指す。