被害者の同意に関する瞥見―医療倫理からの示唆

1 はじめに

令和3年4月12日に、法務省内の「性犯罪に関する刑事法検討会」が、検討結果の取りまとめ報告書(案)を提示した。

その中では、「性的同意」という概念が浸透していない日本において、単に被害者の「不同意」のみを要件とすることは、処罰の対象を過不足なく捕捉することができるか課題になるとして、不同意を徴表する客観的要素が挙げられることが述べられている。

取りまとめ報告書(案)では、「性的同意」概念の浸透を問題にしているが、そもそも、当会で確認した諸外国の性犯罪規定を見ても、「性的同意」を端的に定義している国は少なく、その概念の浸透の有無を問題にすることは、ここでの問題の本質とはいいがたいであろう。

むしろ、いかなる場合であれば、被害者の同意がない(不同意)と評価すべきかの根本的な議論が欠如していることに、問題があると思われる。


2 被害者の同意の概略

被害者の同意があるとされるためには、構成要件該当事実についての同意が必要であり、行為・結果についてのみならず、侵害行為者についても同意の対象となる(山口厚『刑法総論 第3版』166頁(有斐閣、2016))。

さらに、法益侵害が発生することについての予見があるだけでは足りず、意思的要素として、「認容的甘受」が必要であるともされる(山口・前掲166頁)。

そして、同意は、真意に基づく承諾が必要とも言われる(大谷実『刑法講義総論新版第4版』254頁(弘文堂、2012)、井田良『講義刑法学・総論』320頁(有斐閣、2008)等)。

その裏返しとして、自由な意思決定に基づくものでない場合には、同意の有効性は否定され、また、同意はその意思に瑕疵(欠陥)があってはならず、瑕疵ある意思に基づく同意は法的効果が認められないとされる。その具体化として、脅迫により抑圧された意思に基づく同意は、同意以外に選択の余地がない程度にまで意思が抑圧された場であれば無効であるとされるが(山口・前掲172頁)、他方で、強要の場合には、同意に至る経過の客観的評価によって同意の有効性が否定されていると述べられている(山口・前掲167頁)。

結局、真意に基づく同意、自由な意思決定に基づく同意/基づかない同意とは何なのであろうか。

反抗を抑圧するに足りる程度や反抗を著しく困難にする程度の暴行脅迫があった場合には、真意に基づかなかったり、自由な意思決定に基づかないことは分かりやすいが、瑕疵ある意思決定の場合にはどう考えればよいのであろうか。

人間は、人と人とのやり取りを通じて、意思決定をするのが通常で、全く何の働きかけや影響も受けずに意思決定をするということはありえない。「真意」や「自由な意思決定」とは何なのであろうか。


3 真意に基づかない/自由な意思決定に基づかない同意の中核と外縁

意思決定に瑕疵がある場合の中核部分を示すのは、そこまで難しいものではない。

例えば、財産犯を考えた場合、まず、「畏怖」がある場合には、恐喝罪として処罰されるように、基本的には、真意に基づく同意はないと評価されるであろう。畏怖が強度となり、反抗が抑圧される程度まで至ると、意思欠缺類型といえ、連続的な場面である。

次に、詐欺罪のように、「錯誤」がある場合である。しかし、錯誤は、いわゆる法益関係的錯誤から、重要な錯誤、重要でない錯誤と、多種多様なバリエーションが考えられる。そのため、意思決定の過程に錯誤があっても、どのような錯誤であれば、真意に基づかない同意として、同意が無効となるかは、一概に言い難いところがある。

さらに、同意をするまでの意思決定の過程に、驚愕や困惑、狼狽などが介在した場合には、このような意思決定は、真意に基づくものであろうか。それとも、瑕疵ある同意として、同意の有効性は否定されるのであろうか。その外縁は明確ではない。


4 医療同意の考え方―インフォームド・コンセントからシェアード・ディシジョン・メイキングへ

ところで、刑法総論の「被害者の同意」の項目では、医療行為(医的侵襲行為)に対する同意も、論点として挙げられていることが多い。

そして、医療行為に対する同意は、医療倫理の発展に伴い、その内容の精緻化が図られており、被害者の同意を考える上でも、示唆に富むように思われる。

いわゆる医療行為(医的侵襲行為)に対する正当化要件としては、医学的適応性、医術的正当性、患者の同意が挙げられるが(山口・前掲176頁)、この患者の同意とは、説明義務を前提とするものである(山中敬一『医事刑法総論Ⅰ 序論・医療過誤』107頁(成文堂、2014))。

説明義務とインフォームド・コンセント(Informed Consent)の関係については、議論があるものの(例えば、米村滋人『医事法講義』127頁(日本評論社、2016))、その内実に大きな差があるとは言い難く、いずれも、主として、医療における自己決定権を保護するために必要な事項については、医療者による説明がされなければならないことを意味している。

民事事件ではあるものの、最高裁は、「医師は、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があればその内容と利害得失、予後等につき説明すべき義務がある」と述べているところである(最三判平成13年11月27日民集55巻6号1154頁)。

ただ、臨床現場でのインフォームド・コンセントの取得の難しさを踏まえ、現在の医療倫理においては、単に専門的な知見を説明するのではなく、患者(や家族)が大切にしていること、患者の人生における目標や価値観、医療に期待していることを共有し、患者にとっての最善の医療について合意をしようとのシェアード・ディシジョン・メイキング(Shared Decision Making。共同意思決定)が重視されるようになってきている(堂園俊彦、竹下啓編『倫理コンサルテーションケースブック』8頁(医歯薬出版、2020))。

ここでは、そもそも、患者の自己決定権の行使に当たって、何が中核的な事項であるかについては、一概に類型化できないことを正面から見据え、手続き的に、真意に基づく同意、自由な意思決定に基づく同意を確保しようとする考えが見て取れる。


5 結びに代えて―類型化困難な同意と手続き的な対応

医療同意の領域では、患者の価値観や人生観など、極めて個別性が強いことを前提に、シェアード・ディシジョン・メイキング(共同意思決定)の考え方が推進されてきている。

その一方で、商取引などの場面における同意は、このような価値観や人生観が必ずしも前面に出てくる場面とは言い難いであろう。

すなわち、一括りに同意と言った場合であっても、個人の価値観や人生観といった個別性が重視されるべき場合と、そうでない場合とがあるといえよう。

翻って、刑法の被害者の同意の議論を考えるに、財産犯は、経済的な場面であり、価値観や人生観は、必ずしも、同意に反映すべき場面とは言い難いところであろう(もちろん、財物における使用価値など、被害者の価値観が反映されないわけではない。)。

しかし、性犯罪が規制する性的行為は、通常、個人間の密接な繋がりを前提とするものである。それゆえ、(全面的にではないにしろ)被害者の価値観や人生観を踏まえて同意の有効性を考える必要がある場面となってくるが、定型化・類型化を旨とする構成要件には馴染みにくいところがあるのは確かである。

それを埋める方法としては、当会の提言ドイツ法のように、行為者が、意思に反することを認識できる場合とすることは一つであろう。

それ以外としては、スウェーデン法の、「自発的に参加していない者に対し、性交…性的行為を行った者は、レイプの罪」とする(第1条第1項)というように、「自発的に参加」という性的行為への関与の仕方という手続き的な観点から規定することも考えられる。これは、シェアード・ディシジョン・メイキング(共同意思決定)のように、個人の価値観・人生観を合意に反映させるためには、その手続き面な観点が肝心であることを示すものと位置付けられるであろう。

カナダ刑法においても、同意があるためには、関与の自発性を問題にしており(第273.1条(1))、さらに、同意の誤信の抗弁を認めない場合として、被害者が同意していることを確かめるための合理的な手順を踏まなかったことが挙げられている(第273.2条(b))。このような規定からも、手続き的な規定の重要性が窺えるであろう。

今後ますます、個人の自己決定権は重要なものとなり、それに伴い、個人の同意も、個別化・細分化されていくことになると思われる。その一方で、ビッグデータの利活用など、類型化・抽象化も進み、個別化と類型化の二極化が進展して行くと思われる。

被害者の同意とは、個人の自己決定権行使の裏返しであり、被害者の同意に関する法解釈・立法をするに当たっては、このような個別化と類型化のいずれを重視すべきか、そして、いかなる方法をとれば、本当の意味で、被害者の「同意」があるといえるのか、同意取得の手続き的な規定も踏まえて、検討する必要があるであろう。