刑の一部執行猶予について

2021年1月14日/お

 我が国は、既存の法制度や建前を変えることに消極的である。諸外国から「中世的な制度」だと揶揄される刑事司法に関する制度については、そのことが極めて顕著である。
 したがって、刑事司法の根幹を変えるものではなかったとしても、平成25年6月に刑法等の一部を改正する法律が成立したことは、私にとって大きなニュースであった。この改正法及び薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部執行猶予に関する法律によって、刑の一部執行猶予制度が新設され、平成28年6月に施行されてから4年以上が経過した。
 既に述べたとおり、我が国においては、刑事司法に関する制度を変えることに消極的であるため、新しい制度が有する問題点については、その運用が定着する前に改善する必要がある。そこで、刑の一部執行猶予制度について、現段階で改善すべき点がないかどうか考えてみたいと思う。

 一部執行猶予の制度は、通常の執行猶予と同様に、3年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受けた被告人が対象となる。そして、薬物使用等の罪を犯した被告人との関係では、その他の犯罪に関する被告人と異なり、刑の執行後5年以内に再度有罪判決を宣告された場合であっても一部執行猶予の対象とできるように、その要件が緩和されている。
 これは、薬物犯との関係では、社会内において薬物への依存を改善するための処遇を行うことが、他の犯罪と比較して更生に資することを理由とするものである。薬物を入手することが客観的に不可能とは言えない環境においてでも、薬物との関係を断ち切れるようにするための処遇が、再犯防止のために有益であるものと言えよう。

 我が国においては、諸外国と比較して、何らかの社会内処遇を伴う刑事罰の種類が少なく、唯一、保護観察制度があるのみとなっている。
 例えば、社会内処遇の一環として、社会奉仕活動を命じるような制度が諸外国においてはみられるところ、我が国においては、同種制度の導入について平成の初期に議論された際に見送られて以降(法制審議会刑事法部会財産刑検討小委員会が、罰金刑の代替措置について議論したものである)、現時点においても、当該制度の導入には至っていない。
 私としては、社会奉仕活動命令等、社会内処遇のバリエーションを増やすべきだと考えてはいるものの、社会内処遇の重要性に焦点が当てられたこと自体は歓迎すべきものだと考えている。

 まず、現時点において、一部執行猶予の制度がどのように用いられているのかを確認するにあたって、地方裁判所における一部執行猶予が付された判決の数をみてみたい。次に掲げる表の数字は、いずれも裁判所の司法統計によって確認したものである。

年度有罪判決数有期懲役刑数全部執行猶予の数一部猶予の数
H2949,33544,70526,1231,503
H3048,50743,76326,0691,592
H3147,44542,68425,7151,363

 このとおり、宣告されている有期懲役刑の半数以上に全部執行猶予が付されている一方で、一部執行猶予の付される割合は、有期懲役刑が宣告された数の3%前後に過ぎず、十分に制度が活用されているとは言い難い。
 次に、どのような犯罪に対して一部執行猶予が付されているのかについて、平成31年の司法統計で確認する。

わいせつ、強制性交等15覚醒剤取締法違反1230
傷害7麻薬及び向精神薬取締法違反14
略取、誘拐、人身売買1道路交通法違反4
窃盗35自動車運転致死傷処罰法違反3
詐欺2都道府県条例違反4
恐喝1その他の特別法違反8
暴力行為等処罰ニ関する法律違反1  
大麻取締法違反37  

 このように、一部執行猶予を宣告した裁判例のほとんどが薬物犯との関係であり、他の刑法犯に対して一部執行猶予が宣告されたのは61件に限られる。したがって、薬物事犯以外の犯罪との関係においては、一部執行猶予の制度はほとんど活用されていないと言っても過言ではない。
 最後に、一部執行猶予が付された場合の懲役刑の期間について確認する。

期間3年2‐3年1‐2年1年‐6月6月未満
112498659283

 このように、一部執行猶予が言い渡されるのは、懲役1年を超えて3年未満の刑を科された場合がほとんどであり、上限である3年の有期懲役刑を言い渡された場合や、1年未満の有期懲役刑を言い渡された場合には、一部執行猶予制度は活用されていない。

一部執行猶予制度については、薬物犯との関係では、一定程度活用されていることが窺われるものの、他の犯罪との関係では、ほとんど機能していない。「再び犯罪をすることを防ぐために必要であり、かつ、相当である」という要件は、文言上極めて厳格なものとは解されないにもかかわらず、薬物犯以外の犯罪との関係で一部執行猶予を付される事案が極めて少ないのは何故だろうか。
 その理由の一つとして、裁判所が、弁護側から一部執行猶予を求められていない事案において、一部執行猶予を付すことに消極的であり、弁護人としても、一部執行猶予を積極的に主張できる事件が限られる点があるものと解される。
 大阪刑事実務研究会が行ったアンケート(樋上慎二ら「刑の一部執行猶予制度に関する実証的研究」判例タイムズ1457号5頁)によると、一部執行猶予を付すにあたっては、一部執行猶予制度に関する被告人の理解や意向についての立証を求める裁判官が多数であり、上記法律上の要件のみで足りるとする裁判官は少数にとどまっているようである。
 一方で、一部執行猶予は、執行猶予という名前とは異なり、実刑の一種と理解されているため、弁護人としては、執行猶予期間中の再犯であっても、再度の執行猶予(刑法25条2項)を付した判決を最大の目標に弁護活動を行うことが多く、服役を甘受する主張にも繋がり得る一部執行猶予を求めることについて躊躇する事案が多いとも解される。
 このような裁判官や弁護人の態度は、一部執行猶予について否定的な意見を持つ被告人が一定数存在することに影響されているように思われる。それは、一部執行猶予の付されない実刑判決を宣告された場合、当該期間の服役によって、その刑の執行を終えることができる一方で、一部執行猶予が付された場合、一定期間の服役を終えた後に執行猶予期間が開始することから、その刑の執行がなされなくなるまでの期間を併せて考えると、一部執行猶予が付されない実刑判決の方が短いことになることによる。

 このように、一部執行猶予を付する判決が極めて少ない原因が、公判において一部執行猶予を付すことについての主張が十分になされていないことにあるのであれば、まずは、一部執行猶予の可能性について公判において審理できるような活動が望まれる。
 公判において一部執行猶予を問題にするにあたっては、事前に打合せ期日等を設ける必要はなく、裁判官からの補充尋問だけでも足りることに加え、弁護人として、自ら積極的に主張しない場合であっても、事前に被告人に対して一部執行猶予制度について十分に説明する必要があることは当然である。
 このような活動は、刑事司法の仕組を変えずとも、弁護人や裁判官の一部執行猶予への向き合い方を変えるだけで可能である。このまま一部執行猶予を、薬物犯に対する例外的な制度にしてしまうのは、制度の持ち腐れと言っても過言ではない。現在の運用が定着しきってしまう前に、積極的な活用を促したいと思う。
 特に、一部執行猶予は実刑の一種であることからすれば、一部執行猶予を付する判決の増加は、全部執行猶予を付する判決の減少を伴うものではなく、全部実刑判決の減少に繋がるものといえ、社会内での更生を目指して活動すべき弁護人の立場からは、一部執行猶予制度が積極的に用いられることを強く望むのである。