日独検察官事情 ⑴ —ドイツ留学体験記

2023年7月10日

 日本で検察官の話がニュースに登場する場合、多くは批判的に報じられているではないだろうか。最近では、袴田さんの再審において有罪立証をするとか、外為法違反事件で公訴を取り消した検察官が国賠訴訟において「間違った判断をしたとは思わない。謝罪はしない。」と供述したとか、いずれも検察官が誰の方を向いて仕事をしているのかとの批判が向けられる。

 今回と次回は、私がドイツ派遣留学中、日本の検察官としてベルリンとポツダムの検察庁で研修をさせてもらった際、および、大学で教鞭を取っていた弁護士がパートナーを務める刑事専門の法律事務所で研修させてもらった際に感じた、日本とドイツの検察官の違いを紹介したい。

 まず、前提として重要なのは、日本とドイツの刑事訴訟の根本的な違いである。日本では、起訴便宜主義が採られており、有罪の確証がある事件が起訴されるため、当然、刑事裁判における有罪率は高い。また、当事者主義が採られており、立証責任を負う検察官が、証拠請求をし、証人尋問の主尋問をするなど、裁判官が訴訟指揮をするとはいえ、法廷で話す機会が多いのは断然検察官であり、間違いなく検察官が刑事訴訟において重要な役割を果たしている。したがって、起訴法定主義が採られており、職権主義、直接主義が徹底されているドイツにおいては、捜査段階よりも公判において、裁判官が指揮し、裁判官が直接取り調べる証拠が大事であり、刑事裁判を傍聴しても検察官の話している様子があまり印象に残らないのは当然であるとも言える。そして、日本で有罪率が99.9%であることを批判しても、日本は起訴便宜主義のもとで有罪の確証がある事件だけを起訴しているから当然の数字であるし、検察官は証拠を隠して都合の良い証拠だけを請求すると批判しても、有罪立証をするために証拠請求するのだから、検察官側が重要な証拠を握り、必要な証拠のみを証拠請求するのも当然であると言われるまでである。日独を比較して、単純に日本を批判しても、訴訟制度の違いで説明され、批判には当たらないとされるのである。それでも、ドイツで経験したことは、刑事訴訟構造の違いや検察官のメンタリティーの違いを象徴的に示していると感じるため、今回は、私が2016年4〜6月においてドイツで経験して今でも印象に残っていることを思いつくままに紹介する。

<検察官の仕事の様子>
 ベルリンの検察庁においては、研修生である私は、一部屋の勤務部屋を貰い、記録を読ませてもらうなどしていた。記録を読んでいて気になる点をチェックし、昼食時や空き時間に担当検察官に質問させてもらっていた。そんな中、夕方5時に検察官の部屋に行ってノックしてみた日があったのだが、既にその検察官は帰宅していた。ドイツの多くの役所は、朝が早く、その分帰りも早い。立会事務官がいるわけでもないので、一人で黙々と仕事をし、仕事が終わればすぐに帰宅するというのが当たり前である。窃盗など一般刑事事件を担当している検察官が毎日遅くまで残業していることなど考えられない。起訴状を作成する作業を見せてもらったが、一人でコンピュータシステムも利用して、効率よく、起訴状に必要な事項を入力していき仕上げていた。起訴状などの書面については、簡易裁判所で研修した際、読んでいた記録に明らかな誤記を発見したことがあったが、それを担当裁判官に指摘したら、「あぁ、これは間違いだね」とその場で簡単に訂正していた。こういったことが重なると、日本の検察庁で、検務担当の事務官たちがどれだけ丁寧に何重にもチェックしていることかと思うと、なんだか拍子抜けした。

<検察官の取調べ>
 日本で検察官の仕事といえば、やはり取調べが思い浮かぶだろう。実際の勤務を振り返ると、朝から弁録(「弁解録取」の略語)が1〜2件、押送を頼んでいた被疑者を待たせ、合間を縫って午前も午後も取り調べ、検察庁での取調べが済まなければ、早朝に警察署に行くか夜に警察署に行くかし、在宅被疑者は仕事が終わってから来てもらうため、こちらは定時が過ぎても取調べ、被害者や目撃者から事情聴取をするのも定時が過ぎてから、子どもの司法面接をするなら放課後に保護者が連れて来られる時間だから当然それも定時が過ぎてから。世間では、自白させるために長く勾留して長時間の取調べをする人質司法だと批判されるが、検察官としては、日常の業務を振り返ると、一般刑事事件において一人の被疑者を長く勾留して長く取り調べいる感覚はなく、多くの事件を抱え、被疑者だけでなく被害者などからも話を聞く必要があり、総じてたくさんの取調べをしなければならないから、結果的に仕事の多くの時間を取調べに当てている感覚ではないだろうか。

 翻って、ドイツの検察官はどれくらい取調べをしているのだろうか。警察官が取調べをした調書があるので、ほとんどの場合は取調べをしない。直接主義が徹底されているため、事件の立証に必要な証人は、全員、公判廷に呼ばれて裁判官に尋問される。当事者が同意すれば、証人尋問をせずに供述調書が採用されるという例外はあるが、基本的に被害者も目撃者も、そして多くの場合は事件捜査に関与した警察官もみんな法廷で尋問される(法廷の前で警察官が待っている姿をよく見かけた)。どうせ裁判所で尋問されるのだから、わざわざ警察官が供述調書を作成済みであるのに、検察官が調書を巻き直す必要はないわけである。では、被疑者が警察官の取調べで黙秘している場合はどうだろうか。供述調書がないまま起訴できないから、さすがに検察官が取り調べるだろうと思いたくなるが、正解は、「警察で話さない被疑者が、検察官の前に来たからといって話すわけはないのだから、わざわざ取り調べるのは時間の無駄。」だそうだ。日本なら、黙秘すると分かっていても、とりあえず検察官も取調べの機会を持つことになるだろう。ドイツの検察官の発想で仕事をしていれば、無駄な残業などないに違いない。

 このように、めったに取調べをしない検察官であるから、一度、検察官の取調べを傍聴したいとお願いしたときは、わざわざ取調べを予定している別の検察官を探し出してくれて、その検察官にお願いをして取調べに同席させてもらった。その被疑者は、呼び出し状に反応がなかったため、朝から警察官が検察庁まで連行してくる予定となっていた。在宅被疑者に対して、呼び出し状を送付する前に電話をし、仕事の都合などをつけてもらうなどのアポ取りに時間と労力を費やしていた日本とは違って、ここでも効率の良い仕事ぶりを見た気がした。そういった形式面が印象に残っており、取調べそのものは、ごくごく普通であった。なお、検察官は基本的に取調べをしないとは書いたが、例えば、組織犯罪など大きな事件であり、逮捕前から検察官が一緒に積極的に捜査に加わっている事件などは別である。そういった事件であれば、最初から警察官ではなく、検察官が取調べをするようであり、要は、検察官の取調べが必要な事件を的確に判断し、必要なところでは検察官が取り調べているのである。

<検事の遠足>
 ところで、私がベルリンの検察庁にいた間、検察庁の一つの部署において、部署みんなで遠足に行くという公式行事があり、参加させてもらうことができた。検事同士が親睦をはかるというのは、検察官のチームワーク力を醸成する上で大事であるということで、最近こういった行事は減ってはいるが、ベルリンの検察庁ではこういう機会があることを幸運に思うといった話を聞いた。公式行事なので、平日に実施された(日本で、平日に検事たちが懇親目的の遠足に行っていたら、どう言われるだろうか。)。もちろん任意参加で、参加せずに仕事をしている検事もいたようだ。その日は、ベルリン郊外を散策して、著名人が眠る墓地についてはガイド付きでまわった。その後、レストランでみんなでランチを食べる機会があった。好きなものを各自が注文しており、中にはビールなどアルコール飲料を頼む者もいた。誰に許可を取る必要もない。食事が運ばれてくると、私なんかは日本にいるときの癖で、その部署の長(正式な立場は分からないが、仮に「部長」とする)がフォークとナイフを手に取って食べ始めるのを待ってしまったが、周りの人たちはそんなことを気にせずに食事が出てきた人から食べ始めていた。会話している中で、部長(ちなみに、女性)がふと、誰かがいないことに気付き、「あれ、○○は?」と尋ねた。そうすると、他の検事が、「○○なら用事があるということで先に帰りました。」と答えた。それを聞いた部長の反応は、「あら、そうだったの。」といった感じである。このさりげない会話にも、妙な感動を覚えている自分がいた。上司が先に箸(フォークとナイフ)を手に取るまで、部下は食事に手を出さないといったことはさすがに行き過ぎで、個人主義の国ドイツでそんなことがあるわけないのは分かっていたが(もちろん、ゲストに先に勧めるといったマナーは健在である)、部署の遠足で先に帰るときでも、上司に挨拶をしなくて帰ってもいいのかと驚いた。日本でなら、飲み会の途中で上司より先に退席するなら、「お先に失礼します」と挨拶して帰るだろうし、何なら職場で上司(先輩)が残っていたら自分が先に帰りづらいといった空気さえあった。もっと言えば、飲み会で上司に、「お酌をしにこなかったな」と冗談っぽく咎められたことさえあった。上司の本音が見えた瞬間であり、たとえ冗談っぽく言ったとしてもそれが冗談になると思っている時点でズレているので、すごく冷めた気持ちになったのをよく覚えている(帰国後2017年の話)。そのようなわけで、この遠足は、ドイツの検事たちの人間関係を知るとても良い機会になり、参加できて幸運だった。

 裁判所、検察庁、法律事務所と1ヶ月ずつ研修をさせてもらい、日本でいうなら司法修習のような贅沢な経験をさせてもらったわけだが、やはり自分が当時検事だったこともあり、検察庁での様々な経験が一番記憶に残っているのだが、次回は別の角度から、刑事専門の法律事務所における研修で感じたことを書いてみようと思う。

 なお、今回書いたようなことはこれまで、飲み会の席でロースクールの同級生や親しい弁護士に話したときと、一度、大学の授業に呼んでもらって学生にドイツ留学の経験談を話したときくらいにしか話したことがない。学位を取得するように言われていた2年間の派遣留学について、私がドイツの検察庁などで経験してきたことを検察庁や法務省の人に報告する機会はなかったし、帰国後の職場でも留学中に見聞きしたドイツの検察庁の話を聞かれたことは一度もなかった。日々の事件の処分に追われている多くの検察官にとって、海外の検察庁事情は、法制度や前提が異なる異世界のことであり、関心を示す時間がなかったのだろうと思うし、私自身も、そんな話をする余裕はなかった。今になって、このようなことをブログに書くことができるのは、いろいろな意味で、私が既に検事の職を辞しているからにほかならない。