2025年10月29日
「現行犯逮捕」と聞いてどのような状況を思い浮かべますでしょうか。
多くの方は、警察官の目の前で、何らかの罪を犯し、その犯罪を現認した警察官によって逮捕されるようなシチュエーションを思い浮かべるのではないでしょうか。
警察官からの職務質問に対して過剰に反応して、警察官に手をあげてしまい、公務執行妨害で現行犯逮捕…というのはドラマや漫画でも描かれがちなシーンなのではないかと思います。
また、酔っ払い同士の諍いがエスカレートした結果として、周囲の人間に通報され、警察官が臨場した後も落ち着くことができず、警察官の面前で暴力行為に及んでしまったケースもあるでしょう。
他にも、鉄道警察隊が乗車していることに気付かず、鉄道警察隊の面前で痴漢行為に及んでしまい、現行犯逮捕されてしまうケースもあり得ます。
ここまで列挙したのは、実際に犯罪に及んだ方を目の前で視認していた警察官によって、被疑者が逮捕されてしまうというシチュエーションになります。
しかし、通常の場合、犯罪というのは露見しないように行われるものです。誰だって意図的に警察官の面前で犯罪行為を行おうとは考えないでしょう。
では、実際に逮捕する警察官が、犯罪行為を視認できていない場合には、現行犯逮捕できないのでしょうか。実はそうではなく、実際に被疑者を逮捕する警察官が、その被疑者による犯罪行為を視認できていない場合であっても、現行犯逮捕できるケースは存在します。
「え?それじゃ現行犯じゃないんじゃないの?」と思われるのではないでしょうか。実際に、個人的には、このようなケースで現行犯逮捕が許されるべきなのか疑問に思ってしまうようなケースも存在します。今回は、そんな現行犯逮捕についての話です。
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まずは、現行犯逮捕について、どのように法律で定められているのかについて確認してみましょう。
| 刑事訴訟法 第212条 1項 現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とする。 2項 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終ってから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。 1号 犯人として追呼されているとき。 2号 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。 3号 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。 4号 誰何されて逃走しようとするとき。 第213条 現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。 刑事訴訟規則 第143条の3 逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合においても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない。 |
現行犯人とは、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者」を意味するものと定められています。冒頭で列挙した事例は、全て「現に罪を行い」に該当するケースといえるでしょう。他方で、既に犯罪が終わっている場合であっても、「現に罪を行い終わった」といえる場合には現行犯逮捕が可能となります。
この「現に罪を行い終わった」という要件は、犯罪が行われた状況が生々しく現存している状況(河上和雄ら編『大コンメンタール刑事訴訟法[第2版]4巻青林書院2012年484頁』)とも言い換えられています。
例えば、先程説明した事例の内、酔っ払いの諍い事案においては、警察官が臨場した後は、特に暴力行為がなかったとしても、暴力行為がなされた現場に、暴力行為が行われた直後に臨場しており、双方が出血した状況でいがみ合っている等の状況があれば、「現に罪を行い終わった」者として現行犯逮捕を行うことが可能となるでしょう。
とはいえ、罪を犯した人全員を逮捕する訳ではありません。
刑事訴訟規則第143条の3が定めているように、逃げたり証拠隠滅を図ったりする危険性がない場合には、逮捕することは許されないのです。
また、刑事訴訟法第212条第2項各号に列挙されているシチュエーションを、「準現行犯」といいます。現行犯人とはいえないものの、現行犯人と同様に扱える程度に、犯人であることが間違いなく、逮捕状なしに逮捕できるケースとして列挙されているのです。
例えば、先程の酔っ払いの諍いの事案について考えてみましょう。警察官が直ちに臨場していれば、現行犯人として逮捕することも可能かもしれません。しかし、通報してから20分経過した後に、警察官が臨場したとしましょう。そうすると、傷害という犯罪行為を現に行い終えたとは、既にいえない状況になっていそうです。それでも、頭部から出血をしている被害者と、拳から出血している(又は血の付いた凶器を持っている)加害者が現場に存在している場合、「身体又は被服に犯罪の顕著な証跡がある」ものとして、逮捕することが可能になる訳です。
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法律の内容について簡単に解説させていただきました。
では、ここで問題点に入る前に、何故現行犯逮捕については、裁判官による逮捕状なしに逮捕が許されているのかについて確認してみましょう。
憲法第33条は次のように定めています。「何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となってゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。」つまり、原則的には令状がなければ逮捕は許されないものの、現行犯逮捕の場合には令状がなくても構わない旨が、憲法において定められているのです。
では、現行犯であれば、令状なしに逮捕して構わないと定められているのは何故なのでしょうか。そもそも、人を逮捕して、留置場に拘束するというのは、極めて大きな人権の制約になります。冤罪も許されるべきではありませんが、誤認逮捕も本来的には許されるものではありません。ですから、できる限り、不必要又は不当な逮捕を減らすことができるように、裁判所による令状が要求されることになるのです。
にもかかわらず、現行犯の場合に限り、令状なく逮捕することが許容されているのには2つの理由があるものと解されています。1つは、現行犯である以上、犯罪行為が行われたことと、その犯人が明白であり、誤認逮捕が発生する危険性が小さいということです。そして、もう1つは、目の前に犯人がいるにもかかわらず、令状がなければ逮捕できないとしてしまうと、犯人に逃げられてしまう危険性があるということです。
もっとも、令状によって被疑者を逮捕する通常逮捕についても、被疑者の逃亡や証拠隠滅を防ぐことが目的とされていますから、後者の理由は通常逮捕と共通するものといえます。ですから、現行犯逮捕が無令状で許容されている理由の根幹となるのは、誤認しようがないほど、犯罪行為が行われたことと、その犯人が明白であるという前者の点にあるのです。
現行犯逮捕については、警察官や検察官のような捜査機関だけでなく、一般私人であっても逮捕することが可能となっています。この点についても、現行犯逮捕であれば、経験を積んだ警察官ら捜査機関ではなくても、誤って人を逮捕することはないだろうということが、私人による逮捕を許容する一つの理由となっているのです。
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さて。前提が長くなりました。
私が、現行犯逮捕について疑問に思っている点は、「犯罪行為が行われたこと、そしてその犯人であること」が明白だということについて、誰にとってどのように明白であればいいのかという点です。
例えば、数か月前に隣人に殴られて怪我をしたとしましょう。そして、たまたま交番の前を通りかかった際に、その隣人が前方から近づいてきたため、警察官に対して、「あの人から数か月前に殴られました!」と被害申告しても、隣人が現行犯逮捕されることはありません。それは、「罪を行い終ってから間がない」と認められなければ、準現行犯にも該当しないため、数か月前の出来事で現行犯逮捕することはできないからです。
では、これが数十分前の出来事だとしたらどうでしょうか。
あなたからすれば、隣人から殴られたことは明白な事実で、人間違いもあり得なければ、殴られた事実も明らかです。しかし、実際に隣人を逮捕するのは警察官になりますから、警察官にとって明白でない以上、現行犯逮捕することはできません。
ここまでは何となく分かり易いのではないでしょうか。
他方で、痴漢の被害に遭った女性が、「この人痴漢です!」といって痴漢の犯人を特定したものの、周囲の人間が誰も逮捕に協力しなかったために、痴漢の犯人が逃げ出してしまったとしましょう。そこに偶々現れた警察官は、この痴漢の犯人を現行犯逮捕できないのでしょうか。
この場合、この警察官は、痴漢の被害を実際に自分で視認できていなくても、逮捕できると考えられています。その理由としては、痴漢の被害者も犯人を現行犯逮捕できる訳ですから、その被害者による逮捕を警察官が支援しただけとも理解することができるからです。実際に、最高裁判所昭和50年4月3日判決(刑集29巻4号132頁)は、鮑の密漁の事案において、実際に密漁の現場を確認した人間から依頼を受けて、犯人を追跡して逮捕したケースにおいて、逮捕者自身は密漁現場を現認していないとしても、適法な逮捕行為として認めています。
また、東京高等裁判所平成17年11月16日判決(東高刑時報56巻1-12号85頁)は、娘からの報告を受けた父親による逮捕行為についても適法と判示しています。特に、この事案における逮捕者である父親は、元々犯行現場にいたわけでもなく、娘から携帯電話で痴漢の被害を受けている旨の連絡を受けただけでした。東京高裁は、「女子高校生と前記のとおり連絡を取り合い、犯人等に関して前記の程度の認識を持つに至っていた父親が、女子高校生に協力する形で女子高校生に代わって逮捕という実力行動に出たものといえ、実質的な逮捕者は、父親と女子高校生であると認めるのが相当である。そして、女子高校生との関係では、本件逮捕は、前記のとおり『現に罪を行い終わった』との要件を満たしているから、現行犯逮捕としての適法性を備えている」と判示しているのです。
さて、こうなってくると、「さっきあの人から殴られました!逮捕してください!」と被害申告された場合に、現行犯逮捕が一切許されない訳ではなさそうだということにお気づきいただけるのではないかと思います。
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とはいえ、「さっきあの人から殴られました!逮捕してください!」と言われただけでは警察官として被疑者を現行犯逮捕しないのは上述したとおりです。それは、警察官自身が犯罪を現認していないという問題の他に、被害者に代わって逮捕するというシチュエーションでもないためです。
逆に、被害者が加害者の逮捕を試みようとしていて、「あの人を逮捕してください!傷害の加害者です!」と逃走している加害者を追いかけている場合には、「犯人として追呼されているとき」に該当するので、準現行犯として逮捕することは可能になりそうです。
実際に逮捕する警察官は、犯罪を現認している訳ではありませんが、法律で定められている、「犯人として追呼されているとき」という状況を現認できている訳ですから、逮捕することが法律上許容されていることに争いはありません。
では、第212条2項で定められている内容が存在しない場合にはどうなるのでしょうか。特に、血痕等は見当たらないものの、双方が殴り合った直後に、警察官が現場に臨場した場合、警察官はいずれかを逮捕することができるのでしょうか。
先程お伝えしたとおり、犯罪が行われた状況が生々しく現存している状況について、警察官が現認できるのであれば、「現に罪を行い終わった」者が誰なのかを判別して、逮捕することも許されるでしょう。
しかし、視認するだけで、誰がどのような罪を行ったのかについて明確になるケースは非常に限られています。臨場した後に、当事者や目撃者の話を聞いた上で、何が行われたのかについてハッキリしてくるのではないでしょうか。
では、目撃者からの話を聞かなければ、誰がどのような犯罪に及んだかについてハッキリしない状況は、「現に罪を行い終わった」と認められるのでしょうか。
この点については、大きく分けて3つの考え方が存在します。
1つは、警察官が実際に現認できる事情のみで「現に罪を行い終わった」と認められなければ、現行犯逮捕はできないという考え方。
2つ目は、逮捕される被疑者の自供や目撃者の供述からであっても、「現に罪を行い終わった」と認められる場合には現行犯逮捕は許容されるという考え方。
3つ目は、基本的には1つ目の考え方と同じではあるものの、補充的に他の人の供述内容を用いることは許されるという考え方です。
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私は、他人からの話を聞かなければ、「現に罪を行い終わった」と言えるかどうかが判断できないようであれば、それは、「犯罪行為が行われたこと、そしてその犯人であること」が明白だとは言えないのではないかと感じています。
それは、他人の供述が本当に信用できるかという精査が必要になるからです。そして、そのような精査が必要となる以上、犯人であることが明白だということにはならないのではないかと考えています。
もっとも、人が出血して倒れており、複数の目撃者が、「そこに立っている人間が、あいつを殴り倒したのだ」と供述している場合に、現行犯逮捕が許されないというのは不合理なように感じます。それは、警察官も出血して倒れている人間を現認することができているからです。ですから、私の考え方は3つ目の考え方に近いということになるのでしょう。
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そのように考えたとしても、途中でお話させていただいた問題が残されています。
自称被害者から、「その男が加害者だ!私の代わりに逮捕してくれ!」と警察官が頼まれた場合、警察官は常に、その男を逮捕できるのでしょうか。
この問題は、結局、その自称被害者に、被逮捕者を逮捕する権限があるかどうかによって判断されることになります。つまり、その被逮捕者が、「現に罪を行い終わった」等であることを、しっかりと逮捕者である自称被害者が認識できているかどうかということです。
裁判になった後、事後的にこれらの事情が明らかになることは十分にあり得ると思います。しかしながら、突然、ある人間の逮捕を求められた警察官個人に、過去にあった出来事について、何らの証拠を見ることなく、正確に判断させることは不可能です。
私は、このように他人による逮捕を支援するという意味での逮捕も、安易に許すべきではないと考えています。もし必要なのであれば、緊急逮捕等の手続も刑事訴訟法には準備されているからです。
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以上、現行犯逮捕についての問題について検討してみましたが如何でしたでしょうか。法的な文言の中でも、比較的なじみのある「現行犯逮捕」とはいえ、意外に多くの問題点を含む手続なんだということだけでも御理解いただけたのであれば幸いです。