ドイツの刑務所事情について

2021年2月3日

 新型コロナウイルス感染が広がる中、我が国の入管施設においては、新型コロナウイルス感染症対策として、密集等の回避のため、「特に仮放免を行うことが適当でないと認められる場合を除き、仮放免を積極的に活用すること[1]」との方針が示されている。仮放免された外国人が就労できないため生活に困窮している状況が社会問題となっているものの[2]、新型コロナウイルス感染対策を契機として、密集等を避けるために仮放免が積極的に認められているようである。他方で、我が国の刑事収容施設においても、被収容者の感染が報告されている[3]。しかし、刑事収容施設に関しては、感染症対策のための刑務作業の中止や感染者との面会制限が報道されているものの、我が国で積極的な仮釈放が行われているとは聞かない。

 刑事法分野で何かと我が国の比較法対象となるドイツの公共放送ZDFのニュースを見ていると、ノルトラインヴェストファーレン州のレムシャイト刑務所[4]において、密集を避け、感染のおそれを減らすために、積極的な釈放が行われていることが報道されていた[5]。刑務所内の居室スペース確保のために、刑期が始まっていない12か月未満の自由刑の者の刑期開始を遅らせること、(2020年4月1日の報道時点で)7月31日までに比較的軽い罪の18か月未満の自由刑の執行が残っている者を一時的に釈放すること(刑の執行を中断するに過ぎないこと)、但し、例外的に性犯罪者又は国外退去のための拘留等は除かれることなどの方針が採られているようである。また、家族と面会することができなくなっている受刑者は、面会室でタブレット端末を使ったスカイプによる面会をすることができるそうである。受刑者を釈放する積極的な理由は、我が国の入管施設と同じ密集の回避であって共通しているが、グラーフヴェーク刑務所長のインタビューを聞いていて印象に残ったことがある。

(受刑者の)孤独感が増している。これまで1週間に1回面会に来てくれていた親族が来られなくなれば、これまでより孤独になってしまうということを私は確信している。現在はまだそのせいで攻撃性が増したなどの状況は確認されていないものの・・・。

 我が国でも、刑務所内におけるクラスターによる弊害として、受刑者の孤独を訴える記事を目にする。受刑者や出所者の支援を行うNPOマザーハウスの五十嵐理事長は、受刑者から「これまでのように面会ができなくなり、つらい」という内容の手紙が届いたことを紹介し、「面会は『命』そのものだといえます。」と面会の重要さを訴えていた[6]

 ところが、支援団体以外に、所管する法務省が面会を制限されることになる受刑者の孤独を気遣う見解を発表したといった話は聞かない。もちろん、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律1条は、被収容者の人権の尊重を目的規定でうたっており、刑務官は被収容者の人権に関する理解を深めさせるための研修及び訓練を行うものとされているのであるから(同法13条3項)、コロナ禍における受刑者の心情を慮っていると思われる。しかし、法律上の規定を離れて、我が国の刑務所長が受刑者に対する個人的な感情を公に表明することは稀であろう。見学・視察に訪れた際に出会う日本の刑務官からは、親切で真面目な印象を受けるのであるが、彼らは法令に従って適正な管理運営を図るため、粛々と職務に励んでいる様子である。

 上述のグラーフヴェーク刑務所長のインタビューが印象に残った理由は、2016年8月にドイツ・ベルリンにあるテーゲル刑務所[7]を見学したときに案内役の刑務官から聞いて最も印象に残った話と共通点を感じたからである。そのとき聞いた刑務官の刑務所の管理運営についての考えを紹介したい。

 その前にまず、テーゲル刑務所をはじめとする現在のドイツの刑務所がどのような場所か分かる展示を紹介しよう[8]。ロマンチックな街として日本人に人気の観光都市ローテンブルクに中世犯罪博物館[9]がある。中世の拷問器具など犯罪にまつわる様々な展示品が興味深いのであるが、その中に二つの扉を並べた展示があった。片方は「中世の独居房の扉」、もう片方は「現在の独居房の扉」である。中世の方は、文字通りの鉄格子の扉であり、房内が丸見えである。現在の方は、扉に小さな覗き穴があるだけであり、監視者は必要があるときに覗いて房内を確認することができる。やはり、現在は刑務所内においても、プライバシーへの配慮が重視されている。さて、現在の日本の刑務所の単独室の扉は、どちらの様式の扉かご存知だろうか。

 テーゲル刑務所の単独室の扉も、中世犯罪博物館で展示されていた「現在の独居房の扉」と同様の様式が採用されていた。それに加えて、それぞれの単独室には鍵がついている。日本の刑務所を思い返し、刑務所の居室に鍵がついているのは当たり前だと思った方もいるだろうが、このテーゲル刑務所の鍵は、刑務官が外からかける鍵ではなく、その居室内に収容される受刑者が自分で居室を離れるときにかけることのできる鍵なのである。居室を離れた受刑者は、共同キッチンに行って、自ら購入した食材を使って調理することができる。共同キッチンには、各々の冷蔵庫があり、その冷蔵庫にもそれぞれの受刑者が鍵をかけることができる。冷蔵庫の食材をめぐるトラブルを避けるためだ。ドイツにおける自由刑(ドイツ刑法38条)は、単なる自由剥奪の刑であり、日本における懲役刑と違って刑務作業が義務付けられていないため、自発的に刑務作業を行う者もいるものの刑務所内で自由に過ごすことができる時間が多くある。受刑者は、自由時間には他の受刑者と互いの単独室を行き来し、居室内でおしゃべりをすることも許される。自由刑により、刑務所外に出る移動の自由は奪われ、刑務所内の規則を守らなければならない環境に身を置くことになるが、刑務所内で規則さえ守っていれば、自由や自律が確保されていると言えるだろう。日本の刑務所と比較すれば、なんと自由なことかと驚く。かつて、オーストリアの旧ザルツブルク刑務所[10]見学をした際、説明をしてくれた刑務官から、過去に日本の刑務所に収容されていたことのある受刑者がザルツブルク刑務所に入って、「ここはパラダイスだ!」と言っていたという話を聞かされ、反応に困ったことがあるが、少なくともドイツやオーストリアの刑務所では日本と比べると、かなり個々人の自由や自律が重んじられている印象を受ける。

 さて、本題に戻り、受刑者が自らの居室の鍵を所持して、鍵の開け閉めを自分でできることについて、テーゲル刑務所の刑務官がどう説明してくれたかを紹介しよう。約5年前の見学時のことなので、正確な表現は忘れてしまったが、要するに以下のような内容だ。

自由刑というのは、自由を奪う刑であり、刑務所内から出られないというだけで、刑罰の役割は果たせている。自由を奪われた場所においても、自分のことを自分で管理できるということは、受刑者の心の安定につながる。そのように、自分で管理できる領域を持つことによって、他の受刑者との喧嘩もなくなる。よく、好き勝手に受刑者どうしを交流させると、喧嘩をするなどトラブルの元になるのではないかと聞かれる。しかし、自分は大学で心理学を学んだこともあり、秩序を保つためには、単に厳しく制限して自由を奪って管理しようとするより、結局はある程度の自由を与えて、自分で管理させる方が、各自が精神的に安定し、秩序を守ろうとするから、全体の秩序維持につながることを知っている。そのことを念頭において、この刑務所運営にあたっている。

 上述のコロナ禍におけるグラーフヴェーク刑務所長のインタビューにおいても、受刑者の孤独を心配するのは、孤独感が増すことにより、精神的に不安定になり、攻撃性が増すことを懸念していたのだろうと推測できる。孤独な思いをすることを心配するのは、その受刑者の心情を慮る意味もあるだろうが、ひいてはそれがストレスとなり、攻撃性が増してトラブルを招き、刑務所の秩序を乱すことになる。受刑者を孤独から救うことは、刑務所全体の秩序維持のためにも重要だという考えが背景にあるのではないだろうか。

 ドイツ刑法においても、刑罰の目的は、日本と同様、応報、一般予防、特別予防である。しかし、日本の刑務所を見学すると、規則をとにかく守らなければならないという考えから、受刑者に厳しく矯正教育を施しているように感じられる。受刑者には贅沢をさせてはならないという意思さえ感じられることがある。ドイツでは、案内役の刑務官が、見学者に対して、個人的な意見も含めて躊躇うことなく意見を表明してくれる。それゆえ、刑務官一人一人が刑罰の目的が何であるかを踏まえ、その目的達成のために刑罰がどうあるべきか、どうすれば受刑者が精神的な安定を保ちながら刑に服すことができ、また、刑務所全体の秩序を維持して管理運営することができるのかを考え、行動しているように感じられた。

 日本では、法制審議会の部会がとりまとめた答申案[11]において、現在の懲役刑と禁錮刑を新自由刑として単一化する方針が示されている。新自由刑においては、受刑者の改善更生を図るため、必要な作業を行わせ、又は必要な指導を行うことができるものとされている。同部会においては、「受刑者が自発的に改善更生及び社会復帰の意欲を持って取り組めるように、作業内容や指導内容を工夫し、懲罰をもって強制することは極力避けて、受刑者本人が納得する形で処遇が進められる運用を望みたい[12]」との発言がなされていた。今後、新自由刑が導入されることにより、我が国の刑務所で刑罰の目的はいかに達成されていくのだろうか。新自由刑導入の意義や目的を刑務所の管理運営を直接担う刑務官にも共有してもらい、受刑者が真に自発的に改善更生及び社会復帰の意欲を持てる刑務所が実現されることを望む。


[1] http://www.moj.go.jp/content/001319553.pdf

[2] https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/10/1018.html

[3] http://www.moj.go.jp/content/001329913.pdf

[4] https://www.jva-remscheid.nrw.de/

[5] https://www.zdf.de/nachrichten/heute-in-deutschland/nrw-laesst-straftaeter-frei-100.html

[6] https://www.bengo4.com/c_1009/n_12433/

[7] https://www.berlin.de/justizvollzug/anstalten/jva-tegel/

[8]ドイツの刑務所事情については、元受刑者が紹介するポッドキャスト”PODKNAST”(”Knast”はドイツ語で”監獄の俗語”である。)がある(https://www.podknast.de/) 。

[9] https://www.kriminalmuseum.eu/?lang=ja

[10] この見学は、2015年4月22日のことであり、当時はザルツブルク区裁判所横のSchanzlgasse1に所在していたが、ザルツブルク刑務所は2015年6月末、新しくUrstein Nord 79に移転した(https://www.justiz.gv.at/ja_salzburg/justizanstalt-salzburg~322.de.html)。

[11] http://www.moj.go.jp/content/001328361.pdf

[12] http://www.moj.go.jp/content/001332128.txt