侮辱罪の法定刑加重を考える

 法制審議会刑事法(侮辱罪の法定刑関係)部会(以下「法制審部会」という。)で、侮辱罪の法定刑を、現行の拘留・科料に、1年以下の懲役・禁固、30万円以下の罰金を追加することが検討され、最終的に、第2回会議で採決が行われ、そのような法整備がなされることが相当と法制審議会総会に報告することが決定された。

https://www.moj.go.jp/shingi1/shingi06100001_00026.html

 法制審部会での侮辱罪の法定刑加重を巡る議論は、全体的に、加重方向にすることを前提とした審議であったものの、侮辱罪(及び名誉毀損罪)を巡る多数の論点が指摘されており、興味深いものとなっている。

 著者の視点から、論点を整理し、若干のコメントを付したい。


 論点としては、大きくは、次のように整理できるのではないかと思われる。

  1. 立法目的を果たすこととの関係で、侮辱罪の法定刑加重が合理性を有するか。
  2. 侮辱罪の法定刑を加重しなければ立法目的を果たせないとの必要性があるか。
  3. 侮辱罪の法定刑を加重した場合の濫用の危険性など、相当性があるかどうか。特に、公務員・政治家に対する表現活動との関係で、萎縮効果がないかどうか。

 まず、1. 立法目的との合理性についてである。

 侮辱罪の法定刑を加重すべきとの議論の端緒となったのは、インターネットの炎上に起因した自殺の問題であろう。

 その上で、侮辱罪全体の法定刑を加重することの根拠として、当局は、誹謗中傷全般に対する非難が高まるとともに、こうした誹謗中傷を抑止すべきとの国民の意識が高まっているとの説明がなされている(法制審部会第1回吉田幹事発言)。ただ、その具体的な根拠は、新聞報道として、侮辱罪の法定刑が低いのではないかといった論旨の意見が述べられていること、また、日本財団が全国の17歳から19歳までの男女1000人を対象としたインターネットの「18歳意識調査」において、SNS上での誹謗中傷を防ぐために法整備が必要と考える者が75.5%に上り、法整備に盛り込むべき点が「誹謗中傷の発信者への厳罰化」が59.2%であったこと等が挙げられているに留まる(法制審部会第1回栗木幹事発言)。

 この点、インターネット上の誹謗中傷対策が必要であることは、その通りだと思われるが、侮辱罪全体の法定刑を加重するとの具体的な立法事実があるかについては、疑問がないではない。

 また、今回の法改正は、侮辱罪の法定刑のみを加重する(正確には上限のみを引き上げる)というものである。すなわち、名誉毀損罪については、何ら検討対象とはなっていない。

 我が国の名誉毀損罪と侮辱罪との要件・効果を比較すると、具体的な事実摘示の有無によって、1月以上3年以下の懲役(刑法12条1項)又は1万円以上50万円以下の罰金(刑法15条)の名誉毀損罪と、拘留(1日以上30日未満の拘置(刑法16条))又は科料(1000円以上1万円未満(刑法17条))の侮辱罪となっている。

 すなわち、現行刑法では、侮辱罪と名誉毀損罪は、完全に棲み分けがされており、具体的な事実摘示の有無によって、法定刑としては、1か月に満たない自由刑なのか、1月以上3年以下の自由刑なのか、或いは、1万円に満たない財産刑なのか、1万円以上50万円以下の財産刑なのかの差となっている。

 事実摘示があるかないかで、重複する余地がないという見方をすると、法定刑として重なる点がないことは、ある意味、要件と効果の整合的な棲み分けがされているとも言いうる。

 その一方で、判例・通説は、名誉毀損罪・侮辱罪の両罪を通じて、保護法益は、人に対する社会的評価、すなわち事実的名誉・外部的名誉としており、その侵害の程度が、事実の有無によって、截然と区別されるのか、また、仮に区別されるとしても、事実がない場合には、1か月に満たない程度の法益侵害(被害の実態)しかないのかは、直ちには首肯し難いであろう。この点については、法制審部会でも、指摘されていた(法制審部会第1回栗木幹事発言)。

 侮辱罪の法定刑の低さを正当化するために、侮辱罪の保護法益は、自己が自己に対して有する価値評価であるところの名誉感情・主観的名誉であるとする考え方もある(例えば、団藤重光『刑法綱要各論[第3版]』512頁)。このような見解も有力であるものの、少なくとも、法改正を検討する場面においては、現行の法定刑を所与の前提として、その保護法益を考えなければならないとはいえないであろう。

 その意味で、現行の侮辱罪の法定刑を積極的に肯定する根拠には乏しい一方で、そもそも、刑罰法規は、断片的・補充的であるべきとの要請を踏まえる必要があるとも考えられる。刑罰とは、最も峻厳な国家権力の発動であり、安易な刑罰法規の適用・拡大は、控えるべきである。

 このような観点からすると、侮辱罪の法定刑加重は、立法事実との関係では、過度に広範な改正ではないかとの疑いが出てくる。


 次に、2. 法定刑を加重する必要性について検討するに、当局の説明によれば、今回の法改正は、処罰の対象となる行為は変わらないことが述べられ、また、検察の立場としては犯罪の成否の判断の在り方はこれまでと変わらないと述べられている(法制審部会第1回栗木幹事発言、築委員発言)。

 しかし、仮に、捜査当局が述べている通りだとすると、法定刑を加重することの意味がどの程度あるのかは、疑問がないではない。

 むしろ、本来的には、匿名性や高度の伝播性を背景とした誹謗中傷情報の即時的流布と一旦流布した場合の解消の困難性に対して、その対策をすることが、求められるのではないかと思われる。


 そして、3. 法定刑を加重することの相当性、特に、表現の自由との関係では、疑問を持たざるを得ないところである。

 すなわち、上記のように、実際に、犯罪対象とする行為に変更がないのであれば、法定刑を加重することの意味は、従前、侮辱罪に該当するとして取り上げられた者と同様の行為をしようとする者に対して、それを思いとどまらせることが法定刑の加重により生じるかを厳密に検討する必要がある。そして、従前、侮辱罪に該当しない表現行為をしようとする者に対する萎縮効果が生じないようにしなければならないといえよう。しかし、元々、従前と同様に侮辱罪に該当するとして取り上げられているような者の表現行為が、科料・拘留に加えて罰金・懲役(禁錮)がありうるとされることによって抑止されるのかは疑問がないではない。むしろ、そのような侮辱罪に該当しないとされてきた表現行為をしてきた者の方が、より萎縮効果を受けるのではないかと危惧する。

 さらに、侮辱罪の法定刑に、30万円以下の罰金・懲役(禁錮)が加えられたことによって、現行犯逮捕という令状主義の例外的な身柄拘束が行えるようになる(刑事訴訟法217条。従前であれば、住居・氏名不明又は逃亡のおそれがある場合に限って可能であった。)。

 元々、侮辱罪や名誉毀損罪が、政府批判を封じるための讒謗律として生まれ、新聞紙条例とともに不都合な言論の取締りが目指されていたことが挙げられている(法制審部会第1回池田委員発言)。また、現代においても、特定の政治家の街頭演説に対する野次と捜査当局の対応が問題となった件もある。侮辱罪の法定刑を全般的に拡大することによって、このような対応が問題にならないかが懸念されるところである。

 法制審部会第2回では、正当な表現行為としての違法性阻却事由があるか、公正な論評の範囲内かなどの議論がされ(法制審部会第2回安田幹事発言)、名誉毀損罪の刑法230条の2の違法性阻却事由との比較がされている(法制審部会第2回井田委員発言)。そして、事実の摘示がない抽象的な価値判断の表明のための違法性阻却事由がどのようになるのかについては、事実の摘示のない抽象的価値判断についてはなかなか違法性阻却は認めにくいのが基本であるが、政治家に対する事実を摘示した侮辱的な価値判断は違法性阻却され、事実を摘示しない抽象的評価を述べた場合には処罰されることの不均衡さと、その対策としての刑法230条の2ないし刑法35条(正当行為)の派生効果があるのではないかといったことが指摘されている(法制審部会第2回井田委員発言)。

 しかし、このような不均衡が生じること自体、法的には、バランスが悪いと言わざるを得ないであろう。

 今回の改正が議論されるに至った当初の問題点は、インターネット上の誹謗中傷行為であることからすると、政治的表現全般に影響し得る、侮辱罪の法定刑の全般的な加重ではなく、インターネット上の誹謗中傷行為の特性に沿った特別規定を設けるのが、立法としては適切ではないかと思われる(法制審部会第2回池田委員発言)。構成要件が明確であればあるほど、捜査当局による濫用の危険性も、一般的には抑えられるといえるであろう。

 さらに、法制審部会では、実体法的な解決に専ら目が向けられており、手続法的な問題点には、議論が及ばなかったように見受けられるのが残念である。

 捜査当局においては、法整備後も、趣旨を踏まえ、個別の事案ごとに表現・言論の自由に十分配慮して適切な運用に努めると述べられている(法制審部会第1回築委員、藤本委員発言)。これを踏まえ、不当な捜査に至らないのではないかといった発言も別の委員からは見られた。

 しかし、罪刑法定主義や、刑罰法規の明確性の原則には、国家権力の濫用を防止することが含意されているものと解される。

 すなわち、法制度的に、国家当局が、適正な運用をするということを性善説的に信用することで、これらの主義や原則を緩和しても良いことにはならないであろう。特に、表現の自由との調整が問題となる刑罰法規を検討するに当たっては、十分な検討が本来的にはされるべきだと考える。

 その意味で、今般の侮辱罪の法定刑を全般的に加重・拡大することについては、立法事実の合理性・必要性・相当性から、疑問がないではない。

 すでに、法制審部会としては、賛成多数で可決がされ、総会への報告がなされる段階となっているが、法制審議会総会や、国会においては、より深い議論がされることが望まれる。


 なお、インターネット上の誹謗中傷に対する刑法的な対応が必要であるとするならば、試案としては、以下のような条項が考えられるのではないかと思う。

 すなわち、2項として、インターネット上の誹謗中傷に対する加重類型を規定したものである(条文構造としては、わいせつ電磁的記録頒布罪と同様にしてある。)。

 また、3項として公正な論評による違法性阻却事由を定め、刑法230条の2を受けるようにしつつ、この他、正当行為(刑法35条)の適用の余地なども残すものである。

 このようなインターネット上の侮辱行為のみを取り出すことについては、法制審部会においては、①公然性の要件がある中でインターネット上の侮辱行為が広範に認識され得ることに着目して重く処罰することが適当なのかどうか、②わいせつ電磁的記録頒布罪がわいせつ物頒布罪と法定刑に差異を設けていないこととの整合性が問題にならないか、③インターネット上の侮蔑行為について明確な要件をもって類型化することが困難で、将来的には狭きに失するのではないか、④インターネット上の侮辱行為に限らず、例えば路上で拡声器を用いて執拗に行われるものなど厳正に対処し抑止すべき行為があるのではないかといったことが指摘された(法制審部会第1回栗木幹事発言)。

 しかし、旧刑法38条では、1号では公然と演説した場合についての罰則を定め、2号では書類・図画の公布、雑劇・偶像の作為による加重類型を規定していた(https://www.moj.go.jp/content/001356964.pdf)。ここでは、侮辱的な表現が、一回的なものか、或いは、物などに定着しより広範に伝播しうるものかで法定刑を分けていることが見受けられる。インターネット上の誹謗中傷については、特に、高度の伝播性を有し(全世界的に閲覧可能な状況に置かれ得る)、削除が容易でないことからすると、インターネット上の侮辱行為には、インターネットによらない侮辱行為と、公然性に質的な差があると考えることは可能だと思われる(①)。また、わいせつ電磁的記録頒布罪とわいせつ物頒布罪とが同じ法定刑なのは、有体物か、電磁的記録かを問わず、両罪の違法性が受領者の支配・管理下にある記録媒体上でのわいせつ性の認識可能性にあるとして、同様だからである(拙著・論究ジュリスト19巻233頁参照)。これに対して、一般の侮辱行為と、インターネット上の侮辱行為とでは、前述のような差異があるのであって、わいせつ電磁的記録頒布罪・わいせつ物頒布罪との比較は問題にならないと考えられる(②)。

 インターネット上の侮辱行為について過不足なく明確に規定できるのかについては、上記のような規定によって可能と考えられるし(③)、より具体的な立法事実のある侮辱行為を加重するのではなく、全般的に法定刑を加重する理由があるとは言い難いであろう(④)。

 よって、法制審部会での指摘は、必ずしてもインターネット上の侮辱行為に対する加重類型を規定することを否定し、侮辱罪全般の法定刑を加重する根拠にはならないと思われる。


 このような条項は、法制審議会での議論も踏まえた試案・叩き台に過ぎない。

 しかし、広範な文言を有する罰条を定め、行政による事前的な運用は性善説を、司法による事後的な法解釈での具体的な内容の充填を期待するのではなく、立法府として、積極的に、罪刑法定主義・明確性の原則が充足される条文がどのようなものかが、検討されるべきではないだろうか。

 価値観が益々多様化し、文言がより重要になる現代において、立法府の役割が十分に果たされることを期待したい。