ストーカー規制法における「見張り」と今後の立法課題

1 ストーカー規制法の制定経緯と現在の規制状況

 ストーカー行為等の規制等に関する法律(以下,「ストーカー規制法」という。)は,平成10年に発生した女子大生が元交際相手の男を中心とする犯人グループから嫌がらせ行為を受けた末に殺害された,いわゆる桶川事件の発生を契機として,それまで既存の法令で必ずしも処罰の対象とされていなかったストーカー行為について,個人の身体,自由及び名誉に対する危害の発生を防止し,国民の生活の安全と平穏に資することを目的(同法第1条参照)として平成12年に制定された法律である。

 現在のストーカー規制法の規制状況としては,同法の規制対象となる行為類型の1つ目は,同法第2条1項1号から8号に規定されている「住居等の付近における見張り」や「行動を監視していると思わせるような事項の告知」等の行為に代表される「つきまとい等」であり,つきまとい等に対しては,警察本部長等による警告(同法第4条)や都道府県公安委員会による禁止命令等(同法第5条)が可能となり,禁止命令等に違反した場合には6月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される(同法第20条)。

  同法の規制対象となる行為類型の2つ目は,同一の者に対して,身体の安全等が害される不安を覚えさせるような方法により「つきまとい等」を反復して行う「ストーカー行為」であり(同法第2条3項),ストーカー行為に対しては,同法は1年以下の懲役または100万円以下の罰金を科し(同法第18条),禁止命令等に違反して「ストーカー行為」または「つきまとい等」をした場合には2年以下の懲役または200万円以下の罰金が科される(同法第19条)。

  ストーカー規制法による検挙状況については,令和元年版の犯罪白書によると,平成16年から平成23年頃までは年間200件程度で推移していたが,平成24年頃から急激に増加し,平成30年には年間検挙件数は870件(他の法令によるストーカー事案の検挙総数は1594件)となっており,現代社会における同法による規制の必要性はますます認められるところである。

2.GPS機器を用いた位置情報の取得の問題性について

ストーカー規制法は,「つきまとい等」の一類型である「見張り」について,「つきまとい,待ち伏せし,進路に立ちふさがり,住居,勤務先,学校その他その通常所在する場所(以下,「住居等」という。)の付近において見張りをし,住居等に押し掛け,又は住居等の付近をみだりにうろつくこと」と規定し(同法第2条1項1号),同号における「見張り」は,一定時間継続的に動静を見守ることを指す。

もっとも,同号は,前段の行為類型(つきまとい,待ち伏せ,立ちふさがり)について被害者との直接的接触が想定されているように,「見張り」以下の行為類型についても「住居等の付近において」という場所的限定を施していることから,「見張り」についても,行為者の直接的な感覚器官による見張りが想定されていると読むこともできる。

そうすると,必ずしも行為者による直接的な感覚器官による見張りには該当しないような方法で被害者の動向を監視する行為類型については,同号の「住居等の付近において見張り」をすることに該当しないのではないかということが問題となり,この点において,被害者の秘密裏にGPS機器を用いて被害者の位置情報を取得する行為については,「住居等の付近において見張り」をすることに当たらず,同法の規制対象とはならないのではないかが問題となる[1]

3.最高裁判決の判断内容

上記の問題が争われた事案が令和2年7月30日に下された2件の最高裁判決の事案である。事案の内容は,1件は,夫が,別居中の当時の妻が使用する自動車にGPS機器を密かに取り付け,その後多数回にわたって同社の位置情報を検索して取得した行為についてストーカー規制法における「見張り」に該当するかが問題となった事案(最高裁平成30年(あ)第1528号)であり,もう1件は,被告人が共犯者と共謀の上,多数回にわたり,元交際愛tが使用している自動車にGPS機器をひそかに取り付けて,同社の位置を検索した行為がストーカー規制法における「見張り」に該当するかが問題となった事案(最高裁平成30年(あ)第1529号)である。

これらの事案について,最高裁は,「ストーカー規制法2条1項1号は,好意等の感情等を抱いている対象である特定の者又はその者と社会生活において密接な関係を有するものに対し,『住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(住居等)の付近において見張り』をする行為について規定しているところ,この規定内容及びその趣旨に照らすと,『住居等の付近において見張り』をする行為に該当するためには,機器等を用いる場合であっても,上記特定の者等の『住居等』の付近という一定の場所において同所における上記特定の者等の動静を観察する行為が行われることを要するものと解するのが相当である。」として,住居等の付近ではない場所において行われたGPS機器による位置情報の取得行為は「住居等の付近において見張り」をする行為に該当しないと判断した。

4.最高裁判決の評価と今後の立法課題について

(1)最高裁判決の評価

現代社会においては,個人情報保護の必要性が特に重視されるとともに,GPS機器の一般普及により,誰にでも秘密裏に対象者の位置情報を取得できることが可能となっていることから,このようなGPS機器の悪用による対象者の位置情報の取得を規制対象とする必要性も頷けるところであり,最高裁の結論にはいささか居心地の悪さは否めない。

しかしながら,ストーカー規制法が「住居等の付近において」という場所的な限定を付して見張り行為の処罰範囲を限定している趣旨は,対象者の生命・身体,名誉に対する危険が現実的に発生しうる状況となることから,この場合に限り処罰対象としたものと解される。このような法が場所的な限定を付した趣旨に鑑みると,場所的接近を伴わないGPS機器による対象者の動静の把握は,「見張り」の実行行為そのものではなく,その準備行為に過ぎず,対象者の生命・身体等への危険の発生は未だ抽象的なものと解されるため,同法の規制の対象となる「見張り」には該当しないと判断した最高裁判所の判断は,同法の場所的要件を規定した趣旨に照らして妥当な判断を下したものと評価できる。

(2)今後の立法の方向性について

上記のとおり,ストーカー規制法は平成10年の桶川事件を契機として平成12年に成立した法律であり,規制対象となる行為類型についても平成28年の同法改正により規制対象となる行為類型について若干の追加はあったものの,基本的には同法成立当時に想定された行為類型を規制の対象とするものであり,科学技術の進歩に伴う現代的な問題に対処しきれない時代遅れの法律であることは上記最高裁判決により明らかとなっている。

同判決を受けて,令和2年10月から令和3年1月まで計4回にわたりストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会が開催され,同検討会においては,GPS機器による位置情報の取得のみならず,相手方が所持するスマートフォン等にアプリケーションをインストールすること等により位置情報を取得するものも含めて規制対象とするストーカー規制法の改正の方向性が示され,同年2月26日には政府がこれらの規制を盛り込んだストーカー規制法の改正案を閣議決定している。一刻も早い立法的解決が望まれるところであり,今後の改正の動向に注目したい。

以 上


[1] なお,ストーカー規制法は「つきまとい等」の一類型として「監視」類型を規定しているものの(同法第2条1項2号),この行為類型については,被害者に対して行為を監視していると思わせるような事項を告げ,又はその知り得る状態に置くことが必要となるため,被害者の秘密裏に監視する場合には同号の「監視」には該当しない。