創作小説から考える刑事司法③

2024年3月5日

創作小説から考える刑事司法②では、創作小説から考える刑事司法①に引き続き、刑事裁判に至るまでの捜査段階について、どのような文書が出てくるかの一例を提示してみた。以下では、簡単にそのコメントを付す。

小説のネタバレが含まれるため、まだ②を読まれていない方は、①と併せて②を読んでから進むことを推奨する。

創作小説から考える刑事司法① 創作小説から考える刑事司法②


【現行犯逮捕から弁解録取書作成】

捜査は、警察による職務質問、通報後の逮捕、被害者からの告訴や告発など色々な出来事を端緒に開始される。

創作小説では、現行犯逮捕を扱っている。

刑事訴訟法212条1項は、「現に罪を行い、又は現に罪を行い終わった者」を現行犯人と規定し、現行犯人については、「何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」(刑事訴訟法213条)とする。
なお、現行犯人でなくとも、「犯人として追呼されているとき」「贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき」「身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」「誰何されて逃走しようとするとき」の一にあたる者で、罪を行い終わってから間がないと明らかに認められるときには、現行犯人とみなすとの準現行犯人についての規定もある(刑事訴訟法212条2項)。

逮捕行為は、自由を強度に制限するものであるため、裁判所による事前の令状審査が原則として必要であり、このような原則的な方法による逮捕は、通常逮捕と呼ばれる(刑事訴訟法199条1項)。例外的に、緊急逮捕が可能であるが、これも事後的な令状審査がなされる(刑事訴訟法210条)。
現行犯逮捕は、このような事前・事後の裁判所による令状審査を不要とするものであるが、それは、(1)犯罪の明白性と、(2)犯人の明白性とが認められる場合の例外的な場合であるからであって(刑事訴訟法212条1項はこれらを表現している。)、安易に認められるものではない(憲法33条がこれを規定している。)。

さらに、捜査機関ではない私人においても現行犯逮捕は行えるため、私人が現行犯逮捕した場合には、直ちにこれを警察官又は司法警察職員に引き渡さなければならない(刑事訴訟法214条)。

引き渡された司法警察員は、直ちに犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁解の機会を与え、留置の必要があると思料するときは被疑者が身体を拘束された時から48時間以内に書類及び証拠物とともに検察官に送致する手続をとらなければならない(刑事訴訟法216条、203条1項)。ニュースで「送検された」などと言われるのはこのような手続のことである。

「現行犯人逮捕手続書」は、このような身柄拘束期間の時間経過を示す書類となっている。

また、「弁解録取書」は、逮捕された最初に捜査機関から上記のような弁解を聴かれた際に作成される書類である。
若干の違いはあるが、頭書と末尾は"テンプレート"的な言い回しとなっている。

なお、上記の48時間以内の送致を受けた検察官は、身体拘束の開始から72時間、送致を受けてから24時間以内に、勾留の請求を裁判所にするか、釈放するかを決めなければならない。
裁判所によって勾留が認められると、勾留請求日から10日間(刑事訴訟法208条1項)、やむを得ない事由があるとの勾留延長が認められるとさらに最大10日の、合計20日間、身柄拘束が継続することがありうる(同条2項)。
【供述調書の作成】

検察官、司法警察職員は、捜査の必要があるとき、出頭を求め、取調べることができる(刑事訴訟法198条1項本文。但し、身柄拘束の無い場合にはいつでも退去できる(同項但書)。)。
この取調べの際には、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない(同条2項)。
そして、被疑者の供述は、これを調書に録取することができ(同条3項)、この調書は、被疑者に閲覧させ、又は読み聞かせ、誤りがないかどうかを問い、被疑者が、増減変更といったその内容の変更の申立をしたときは、その供述を調書に記載しなければならない(同条4項)。
被疑者が、調書に誤りがないことを申し立てたときは、これに署名押印を求めることができる(同条5項本文)。ただし、署名押印を拒絶した場合には、署名押印を求めることはできない(同項但書)。

このように、捜査機関は、逮捕された被疑者を取り調べ、供述調書を作成しようとすることが多い。

供述調書は、取調べでしたやり取りをそのまま記載するのではなく、捜査機関が内容を整理し直したものであることが多い。
多くの場合には、創作小説の一番目のR4.4.14の警察官の供述調書のように、まずは、家族構成やこれまでの経歴といった調書(身上調書)が作成されることが多い。

また、犯罪事実の核の部分については、何度も取調べがなされ、調書を作られることが多い(R4.4.14の供述調書参照)。

さらに、例えば、被疑者が事件について認めていない場合(”否認”している場合)には、「問」と「答」の形式で調書を作成することもある。創作小説では、R4.5.2の検察官による供述調書がこれである。

なお、司法警察職員の取調べを受けての供述調書(員面調書、KSなどと呼ばれる)と、検察官の取調べを受けての供述調書(検面調書、PSなどと呼ばれる)とでは、実際に起訴された後の書証としての差がある。検察官による供述調書(検面調書、PS)は、より証拠として認められやすく規定されている(刑事訴訟法321条1項2号。同項3号との差)。


この創作小説の目的の一つが、刑事司法における文書を見るという点であることからすると、ここで出てくる供述調書というものには、よく注目しておいてほしい。
社会一般で書かれるような文書や、普通に人が話した内容をそのまま記したものではないことがよくわかるであろう。

※ 実際には、重大事件であればあるほど長い調書が作成されたりすることもある。創作小説の供述調書は、あくまでもどのような体裁をとることが多いかという”ニュアンス”を示すものに過ぎないことに留意されたい。
【被疑者に対する以外の捜査とその後】

このほか、勾留による被疑者の身柄拘束中に、他の捜査も進められる。
創作小説では、死体解剖の医師の鑑定書が出されている。これは、検察官が鑑定処分許可状という裁判所の鑑定処分を得た上で(刑事訴訟法224条1項)、鑑定の嘱託をしてなされたものである(同法223条1項。鑑定嘱託書参照)。
また、被疑者以外の者の出頭を求め、これを取調べることもでき(刑事訴訟法223条1項)、その場合にも、供述調書を作成できる。創作小説に出てくる山井戸かおりの母の供述調書も、このような捜査の過程を経て作成されたものと考えられる。

起訴は、多くの場合、上記の勾留満期日までにするかどうかを決定する。
なお、勾留満期までに決定せず、処分保留で釈放した後、在宅捜査のまま、在宅起訴をすることも事件によってはある。
創作小説では、起訴状が出され、起訴されている。

※1 実際の捜査記録は、この創作小説の比にはならない多量の証拠が収集され重大事件になると、記録の量は膨大になる。
※2 なお、創作小説の記録には入っていないが、弁護人による弁護活動も、この間になされる。山井戸隆も、頻繁に弁護人と接見をしたものと思われるが、本人の記憶にはそこまで残っていなかったのかもしれない。

では、起訴後の山井戸隆の公判期日はどのようなものであったのか。以下では、それを見て行こう。

なお、以下の小説は完全なフィクションであり、実在の人物、団体、事件とは一切関係がない。